2006年03月16日

鱗粉

きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり (永田和宏

運転手の運転帽子がぶかぶかである
森を走行しているころはそんなではなかった
もっとぴたりと頭部に収まっていた
バスは獣たちを運んでいる
森を抜けたころから運転手の運転帽子はずれ落ちそうである
車内は水っぽい
乗客の獣たちはほとんど魚の風体である
獣らしさが消え魚になりつつある
散乱した鱗が黄色い室内灯に照らされる
およそ車内は水びたしである
主を失った運転帽子がぷかぷかと浮かぶ
運転手はバックミラーを調節する
バックミラー越しではそれらが獣か魚かとんと見分けられない
鱗の輝きで前を窺うこともできない
潮の匂いがする
海だろうか
バスはぐんと速度を上げる
060316
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2006年03月07日

風紋

むらさきの風の中へと足二本入れては抜きてブランコを漕ぐ (栗木京子

恋人の寸法がよく狂う
ときどき、縮む
手の平ほどだろうか
ぼくの足元で名を呼んでいる
いやよいやよ、と聞こえる
声は艶っぽい
ときどき、膨らむ
ぼくの背丈を少し超える
頭上からぼくを呼ぶ
いいのいいの、と聞こえる
声はいっとう艶っぽい
寸法を変えながら艶っぽい声でぼくの名を呼ぶ
呼ばれるたび振り返る
いやよいやよ、いいのいいの、いやよいやよ、いいのいいの
風向きが変わって恋人のむらさきのフレアスカートがふわんと揺れる
いやよいやよ、いいのいいの
恋人の声はいっとう艶っぽい
060307
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2006年03月01日

兎耳

ああいつた神経質な鳴り方はやれやれ恋人からの電話だ (荻原裕幸

恋人が片の耳を置いていく
帰るとき右の耳を千切るのである
わたくしだと思ってかわいがってやってください、恋人は云う
どうか睦言をたくさん聞かせてやってくださいな、と
きっと、きっとよ
恋人の耳に吊るされていたピアスの兎が縦横無尽に部屋を飛び跳ねる
すばしっこく実に難儀である
夜を通して兎を追いかけている
漸く追いつく
すでにぼくの部屋のなんもかんもが兎の穴倉へ持っていかれてしまった
兎はひひと笑って恋人の耳へと戻る
いっとうすんとした朝である
06030
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2006年02月23日

乳頭

モルヒネも効かぬ五月の病床であなたの指に指を絡める (宮田美乃里

乳を噛んでくださいと聾の恋人の指は云う
云われるがままに水でできたひとは乳を噛む
もっと、もっと、強く噛んでくださいと聾の恋人は指を這わせる
強く、強く噛む
赤紫の乳頭がつんと立つ
噛み千切る
聾の恋人は苦悶に身をよじる
赤紫の乳頭は水でできたひとの口内でちいさな女の子になる
聾の恋人は熱くなった指先を水につける
水の音ばかりがいつまでもやまないで打つ
赤紫の女の子はひょんとリノリウムの床に立つ
聾の恋人の指が赤紫の女の子を拾いあげる
女の子は指をぺろり舐める
舐めるので聾の恋人の指は縮んでゆく
水の音と赤紫の女の子の心音が混じりあってよもや区別つかない
060223
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2006年02月17日

編棒

みつあみは丁寧に編むあのひとは死んでしまった死んだのだ、うん

片想いの人に編んでいただいた手袋がひとりでに解ける
糸がするりするりと蠢く
心臓ほどの桃色の糸玉に戻る
指が剥きだしになって冷やこい
今しがたまで手袋であった桃色の糸玉はぽん、ぽん、と窓を飛び越える
坂をぽつ、ぽつ、と転げ落ちていく
片想いの人の影はここにいる
椅子の脚がひとりでに折れる
テーブルの風信子の香水が割れる
すんと片想いの人の匂いが広がる
060217
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2006年02月14日

蜜語

ことばより水はやきかな三月のわが形代に針ふる岬 (山中智恵子

聾の恋人はあちこちに指を落とす
幾百の指はてんでに転げる
ローズマリーのマニキュアの匂いが甘たるく広がる
ぼくは指を拾い集めて言葉にしてやる
りきゅらりゅっぱひららりゃっぺ、聾の恋人の指は云う
聾の恋人の指を集めて言葉にする
りきゅらりゅっぱひららりゃっぺ、と
聾の恋人は矢継ぎ早に長いながい話をはじめる
指はあちこちに落ちる
一本ずつ丁寧に集める
乱暴な指も柔らかい指もある
鋭いのも冷やこいのも熱いのも電気の流れるのもある
それらの指はつぎつぎと言葉になる
ローズマリーの匂いがすんと甘たるい
りゅーりゃらっぺらられらった、聾の恋人の指は云う
たゆたう夜を通して指を集めつづけている
060214
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2006年02月09日

余震

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか (河野裕子

鯰が帰ったあとなので仕様がない
やはり鯰であるからずいぶんと暴れる
そこのところは心得ている
そうは言っても台所を破壊されては難儀である
鯰が軽くふるうだけで飾り棚からあらゆるものが落ちてくる
生温かいつぐら、半分に折り畳んだキバエミミさんの祖母、赤い帽子の小人たち、スペアの眼球、そうしたものが揺れに耐え切れず落ちてくる
台所はしっちゃかめっちゃかである
ひとところ暴れると鯰は帰る
キバエミミさんはひとり部屋に取り残される
心音がどくと高打つ
鯰が帰るといつもこうである
060209
posted by 日菜清司 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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