2004年12月24日

天使たちのシーン

カレンダーの隅24/31 分母の日に逢う約束がある (吉川宏志

「かすが苑」で羽根を売るようになって10ヶ月になる
以前は易者をしていたが俯瞰して先を見通す視力をすっかり失くしたので辞めた
そういうわけでかすが苑に雇われて羽根を売っている
年末のかすが苑の忙しさには目を廻す
客の肩幅の寸法やら体重やらを基に理想的な羽根の角度を算段し制作に取りかかる
また天使を生業にしている客がクリスマスを前によれよれの羽根の修繕に多く訪れる
かすが苑には予約の電話がにぎにぎと鳴り響きぼくは片っ端に羽根の制作と修繕に目を廻す
最後に予約の電話をかけてきたのは恋人であった
飛べないの、恋人は云う
羽根が壊れたわけでもないのにどうしても飛べないの、
もしかしたら修繕してもらってももう飛ぶことができないかもしれないわ、ぼくは帳面を広げて晦日の端の箇所に恋人の名前を赤く記入する
恋人の羽根の修繕が今年最後の仕事である
ねえ、と恋人
今年も天使が来たわ、恋人はつづける
ぼくは耳を傾ける
わたしにきらきらの粉をたくさん落としていってくれたの、
街中に天使たちの一群が飛んでいくのを見たわ、
あなたが作った羽根をつけた天使だったわ、と
じゃ来週ね、恋人はしずかに受話器をおろす
それからぼくは狂ったように羽根を作りつづける
ぼくたちはこの先どうなるのだろうか、と時折考える
恋人はぼくの作った羽根ではもう飛べないのだろうか、と
先のことはわからないほうがいいやも、しれない
ぼくは羽根を作りつづける
天使たちにより遠くより多くの街へ飛んでもらうために
メリークリスマス あいしています
20040618
posted by 日菜清司 at 22:43| Comment(2) | TrackBack(2) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月20日

街を燃やす

別々の物語よむ夕暮れも足のおやゆび触れさせておく (伴風花

おや、と片想いの人が遠い街の気づかない地震のようなちいさな声をこぼす
片想いの人のパール・オレンジのペディキュアが地図帳にぽとりとこぼれて、ぼくの街と片想いの人の街をじわりと燃やしてゆく
ぼくと片想いの人のくるぶしがこつん、と音をたてる
パール・オレンジの匂いは甘ったるく、混じる
ふたつの街はその名を失くしせきせきと朽ちてゆく
こつん、こつん、とぼくは片想いの人と幾度もくるぶしを響かせている
20041220
posted by 日菜清司 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月19日

とてもながい恋人の話

十二色のいろえんぴつしかないぼくに五十五色のゆふぐれが来る (荻原裕幸

聾の恋人の指が増える
これまでに聞いたこともないくらいながいながい話を恋人がはじめると、指はほろほろと幾百人もの小人になる
色とりどりの帽子をかぶった小人たちは枕元やらテーブルやらソファやらカーテンやらキッチンやらでそれぞれに遊びながら出番を待っている
恋人の話は、なおもつづく
聾の恋人は真っ白の箱にどれだけ雪が積もったかを手話を用いて熱心に教えてくれる
よろこび、おどろき、はかなさ、もどかしさ、かなしみをおおぜいの指が粛々とかたちに変えてぼくに伝えてくれる
感情は言葉ですら、足りない
10本の指では、さらさら足りない
恋人の話は夜をとおしてつづく
ぼくは耳を傾ける
うっすらとこまかい雨の音がする
小人たちはおしくらまんじゅうやら花いちもんめやら滑り台遊びやらを、している
20040821
posted by 日菜清司 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月16日

くるり、はらり

たぶん口をとがらせてるね だまったきりひとさし指をまわしてる、ふん (加藤治郎

はらり、恋人が背を向けると
くるり、片想いの人がこちらを向く
はらり、片想いの人が背を向けると
くるり、恋人がこちらを向く
やがて恋人と片想いの人はほつほつと重なってゆく
ぼくはきょうきょうと目を廻す
恋人と片想いの人がおなじであるとは迂闊である
片想いの人は(つまり恋人は)ぼくの前でぐるぐると廻る
はらり、くるり、と恋人めいた顔つきになったり、片想いの人めいた顔つきになったり、と
恋人は(つまり片想いの人は)ぼくの眼球やら指やら舌やら羽根やらをむしゃむしゃとじつに美味そうに喰う
ぼくはきょうきょうと目を廻す
ぼくはかくもひとりのおんなのひとをきちんと好きになれないのでしょうか
20041215 せいじ、 撮る
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2004年12月14日

薄ぺら

土曜日の夜のテレビで「次世代の作家特集」 カルピスつくろう (千葉聡

NHK『ウサギ語講座』にぼくが出演していて驚く
半年前に収録していたことを、ふと思い出す
ふわふわの毛だらけの衣装やら、うさぎの耳やら尾やら、赤いカラーコンタクトやらを装着してウサギ語に翻訳された短歌を朗読するぼくが放映されている
テレビ画面のなかのぼくはどうも紙のように薄ぺらい
声やら顔つきやら立ち居振る舞いやらがぺらぺらに薄い
色調もいくらか薄い
テレビに出演する以前はもういくらかは濃く厚かったような気がするが、おそらくは思い過ごしであろう
そう、ぼくは薄ぺらいのである
うさぎのなりをしたアシスタントの女の子とウサギ語で談笑するスキットではうしろが透いてみえるまでに薄れてゆく
ギャランティーとして人参を30本いただいたはずであるがどこに仕舞ったのかついぞ思い出せない
posted by 日菜清司 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月13日

耳の消滅/完全な伝達

アイスクリームのスプーンがない
 なんとなく言えないうちに溶けてしまった (林あまり


乳児の足裏ほどあった恋人の耳がほつほつと縮む
ゆくゆくそれが耳なのかただの皮膚なのか見分けられなくなる
言葉ではない伝達を覚えたせいだろうか
恋人との伝達は皮膚と皮膚を交じり合わせておこなう
言葉であれ皮膚であれいくら粘っこく交じり合わせても、足りない
伝わらないのは、もどかしい
完全に伝わるのは、おそろしい
完全な不完全性のなかで不完全な完全性を探るように恋人と粘っこく皮膚を交じり合わせる
足りないくらいが、ちょうどよい
20040913
posted by 日菜清司 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月11日

ばらばら

みづうみ、と呼びかけしなり名をもたぬみづうみわれらを抱かむと来つ (水原紫苑

水でできたひとは水でできているので名はない
シキタ ヒデヒラ、だの
サワラ リュウゾウ、だの
キチジョウジ キッペイ、だのという名はない
水でできたひとは名をもたないのでタケノコトリさんを壊すことなく丁寧な暴力で衣服を剥いでまぐわうことができる
シキタヒデヒラだの、サワラリュウゾウだの、キチジョウジキッペイだのとのまぐわいでは、こうはいかない
名をもつひとの暴力はタケノコトリさんをばらばらに、壊す
壊れると元のタケノコトリさんに組みなおすのは骨である
ずるい、ですわ、タケノコトリさんは云う
ずるい、ですから、水でできたひとは答える
水でできたひとは水でできているのでばらばらに壊れない
水でできたひととのひやっこいまぐわいは幾度も繰りかえされタケノコトリさんはいくらか液状めいてくる
20041211
posted by 日菜清司 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月10日

手乗り象

ぼくは君を、象が踏んでもこはれないアーム筆入れ、ふふふ好きだよ (大辻隆弘

片想いの人の手のひらに象がすぽりと乗って、いる
両の耳をぱたぱたさせると1mほどなら、飛べる
大人の象ならばこうは飛べまい
飛ぶといっても羽ばたく、ではない
ゆるる、ゆるると地ではない空を横滑るという態である
ロープのないロープウェイを描いていただくとよい
象はぼくの手のひらと片想いの人の手のひらをゆるる、ゆるるなる飛行でもって行きつ戻りつを繰りかえす
ぼくと片想いの人の距離はちょうど1mばかり
もうすこおし縮めたいけれど象が不時着してはことである
やがて大人になった象は地平線から地平線へと果てしのない平原をその四肢でもって強く踏みだすであろう
それまでにぼくは片想いの人との距離を半歩でも踏みこめるだろうか、と思う
安穏なる距離を破壊するのは存外に難く怖ろしい
20048011
posted by 日菜清司 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月07日

ひずみ

Tシャツのすそのところをつかんでた
いつのまにかうまくいかない (今橋愛


ずれる
はじっこからはじっこへと、すこおしずつ、ずれる
真ん中はきわめて、すくない
ずれるとそこにひずみが生ずる
ひずみは怖ろしいので埋めるために恋人と、まぐわう
恋人とまぐわうとさらに、ずれる
ずれると暗いひずみが生ずる
ひずみを埋めるために恋人とふたたび、まぐわう
まぐわうとずれる、ずれるとひずみが生ずる
いつのまにやら妙な円環に入ったものである
ときおり恋人ではない人と、まぐわう
恋人ではない人とまぐわうと、ずれない
ぴたりとする
ずれないのでひずみは生じない
ひずみが生じないので恋人ではない人とは一度きりしかまぐわいを、しない
ぼくがまぐわいたいのは恋人だけで、ある
どうもうまくいかない
20040808
posted by 日菜清司 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月06日

最初の恋は最後の恋

通るたび「本日限り」のバーゲンをしている店の赤いブラウス (俵万智

血の匂いをさせた裸足のキバエミミさんが一升瓶を担いで走ってくる
1029回目の最後の恋に敗れたばかりのキバエミミさんは1030回目の初恋に落ちたのよ、と瞳を炎よりたぎらせる
キバエミミさんはちっともへこたれない
血の涙を流すけれど瞳の色は決して褪せない
今度の初恋はぜひ本当に最後の恋にしていただきたい
失恋のたんび焼酎のがぶ飲みに付きあわされてはたまらない
posted by 日菜清司 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月04日

ただしい蛇口

そんなにいい子でなくていいからそのままでいいからおまへのままがいいから (小島ゆかり

片想いの人から蛇口をいただく
あなたをみているとどうも間違った蛇口から甘く特別な水がでてくるのを待ちかまえているようにみえてならないの、
そんなの絶対に違うわよ、
蛇口からでてくるのはただの水よ、と
片想いの人からいただいた蛇口からは甘くも酸っぱくも苦くもないなんでもないただの水がさららんとでてくる
そうしてゆっくりとぼくの身体になんでもない水が流れてなんでもないただのぼくができてゆく
どうもありがとう
20040614
posted by 日菜清司 at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月02日

旅する猫

まだ行方不明のものは手袋と一枚の切符(どこへ?)だけです (荻原裕幸

秋刀魚の缶詰をあけていただけませんかな、イケカワキヨヨコさんは東から西へと向かう汽車の4人掛け座席の向かいに座った猫にそう頼まれてからいくらか話を交わすようになる
お喋り好きな人の良い猫である
20041202
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posted by 日菜清司 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月01日

失語症/言葉ではないコミュニケート

風邪ばかりひく秋の暮れ音もなくわたしの胴をながれる真水 (江戸雪

タケノコトリさんの声がでなくなる
冬のはじまりだからでしょう、水でできたひとは思う
夏のタケノコトリさんなら嘘めいた顔つきで嘘めいたお話をさららさららと淀みなく声にしてゆくのでしょうが、と
冬になるとタケノコトリさんのはらわたに溜まる水のながれが阻害され淀みきって動きがゆっくりになり、やがてじつと動けなくなる
水でできたひとはタケノコトリさんのはらわたを素手で切り裂いてどすぐろい臓器やら淀んだ水やら本当の言葉やらをあるべきながれへ丁寧に導いてゆく
まぐわいをいたしましょう、水でできたひとは声のでないタケノコトリさんの服を丁寧な暴力でもって剥いでコミュニケートの欠落を埋めるように皮膚と皮膚をくっつけて粘っこいまぐわいをゆっくりと繰り返す
言葉が必要でないときのタケノコトリさんはいくらか本当めいた顔つきになる
20040919
posted by 日菜清司 at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月25日

こはるびより

小春日はインディアン・サマーというらしい きみは図書室で英文綴る (吉川宏志

図書館でウサギ語の辞書を借りてくる
リファレンスでハーブ茶を啜っているウサギのなりをした司書の女の子に初心者ならこれがいいんじゃないかしら、と薦めていただく
ウサギ語は語彙がきわめて少ないうえに仮定法も未来形も半過去もなんもないので薄ぺらく軽い
ブレーキを取りはずした自転車のかごにウサギ語の辞書を載せて恋人とふたり乗りして季節はずれのピクニックに出掛ける
ぼくと恋人の会話はたいだいにおいて現在形しか用いないし語彙もきわめて不足しているのでウサギ語はじきに上達するんじゃないか、と思う
序文にはこのように書かれている
「文字とは、結局のところほんの間に合わせにしか過ぎません。言うなれば人参を指し示す指のようなものです。指そのものは人参ではありませんがとかく混同されがちです。大切なことは伝えたいという真摯なる気持ちです。どうぞおいしい人参を獲得なされますように。ぴょんぴょん。」
20041125
posted by 日菜清司 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月24日

足の指を洗う

人垣を抜け出して立つ雨の中に 橙色はわたし、わたしよ! (玲はる名

浴室で恋人の足の指を洗う
洗面器に浸けた橙色した10本の指に石鹸を混ぜてぐるんぐるんかき回すと10人の女の子めいてくる
10人の女の子になった10本の指は浴槽のなかでゆらゆら泳ぎをしたりおしくらまんじゅうをしたり花いちもんめをしたりして遊びだす
ひとりずつ女の子を呼んではごしごしと洗ってやる
そのあいだ9人でひゃっひゃと遊んでいる
ぴかぴかに磨いて橙色のペディキュアを丁寧に塗ってやると10人の女の子はまたもとの10本の足の指めいてくる
パジャマ姿で足をぶらんぶらんさせてNHK教育テレビ『木は語る』を見ている恋人に洗ったばかりの足の指を1本ずつ装着してあげる
恋人の足にきちんとおさまった10本の指はおとなしく気持ちよさそうに眠っている
20041124
posted by 日菜清司 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月21日

裸のエレベータ・ガアル

おちてゆくエレベーターのすみっこでくっつけあっておちてゆく なお (加藤治郎

エレベータはRのボタンがパチンと点灯して扉が開く
屋上には夜の冷たい雨がぽつ、ぽつ、と落ちていて店仕舞いしたペットショップの獣たちの気配のほか誰もいない
落雷のような激しい恋に落ちたばかりのエレベータ・ガアルの女の子は桃色の帽子を脱いでエレベータのなかに放り投げる
クリーム色のスカーフ、真っ白の手袋、桃色のジャケットとスカート、上下のコンビネーションの違う下着もつぎつぎに脱いでは箱のなかに重ねてゆく
つい今しがたまでエレベータ・ガアルの女の子にくっついていたものたちを載せたエレベータはBのボタンを押されて急降下してゆく
職業としての女の子が地下へ沈み、獣としての女の子が浮上してくる
素裸になったエレベータ・ガアルの女の子は冷たい雨を浴びてメイクが落ちるのも気にも留めずに二匹の獣となって恋人と粘っこく激しくまぐわっている
降りつづく雨も屋上から獣の匂いを流すことはできない
20041023
posted by 日菜清司 at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月20日

滝を背負う

水が水の重さかかえて落ちてくる冗談だけが人生でした (東直子

タケノコトリさんの背中に滝がへばりつく
どこへ行くにも出来損ないの背後霊みたいにくっついてくるので歩くたんび水浸しである
だれもかれもがなにかを抱えながら生きているのです、水でできたひとは水羊羹を切り分けながらタケノコトリさんに云う
だからって滝なんてあんまりですわ、びちょびちょのタケノコトリさんは泣いているのか濡れているのか判然としない
滝ぐらいなんでもありません(もぐ)、もっとひどいものを背負っている人だっているのです(もぐもぐ)、わたくしのようになにも背負わないで水のように生きるよりずいぶんとマシなものです(もぐもぐもぐ)、水でできたひとは甘いものが好物らしい
じきに慣れるでしょう、水でできたひとは云う
じきに慣れるでしょうか、タケノコトリさんはからからの雑巾に水を吸いこませてバケツに注ぐ
水でできたひとが切り分けてくれた甘い水羊羹を頬ばりながらタケノコトリさんはへっこらへっこらと雑巾とバケツを携える人生も悪くはないわ、と思う
もっとひどいことだって起こりえたのだわ、と
posted by 日菜清司 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月18日

本棚で眠る恋文

本棚に檸檬を百個詰め込んでこれでようやく安眠できる (佐藤羽美

本棚がいやにあまったるい
1pくらいになった片想いの人が本棚でぎったんばったんと遊んでいるせいだろうか
江國香織と田辺聖子と庄野潤三の書物から文字をとんとんと取りだしてけんけんぱやら隠れんぼやらおしくらまんじゅうやらブランコ遊びをしている
ひとしきり遊ぶと文字たちはそれぞれの本のなかへもどる
1pくらいの片想いの人も甘酸っぱい文字にもどって本棚ですやすやと眠りだす
片想いの人へ宛てた恋文は酸っぱくてならないけれど文字になった片想いの人がすやすやと気持ちよく眠っているのでこのままにしておく
ぎったんばったんしていない片想いの人はこころもとなくてわりにかわいい
20041118
posted by 日菜清司 at 22:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月16日

三角形したぼくの予感

回転ドアのあの三角にぎゅうぎゅうと君といっしょに入りたかった (早坂類

恋人は宇宙空間で息を潜めるようなシリアスな顔つきでホール型のチョコレエト・ケーキを切りわけている
ぼくには支持政党別円グラフにおける「わからない・その他=6%」の三角形のサイズに切りわける
恋人はというと「支持政党なし=44%」のほうをぱくりと食べる
テレビニュースは来月に行われる衆議院選挙とアイドル歌手の妊娠と大地震で真ん中から割れてしまった歌人の記念碑(哀れな上の句は濁流に乗って5kmも流された)を映しだしている
新しいニュースはどんどんと猛スピードでぼくを通過して昨日起きたことと明日起きることの見分けがつかなくなる
キャスターはにっこり笑ってごきげんよう、と云う
ごきげんよう、恋人はそう答えてテレビのスウィッチを切る
皿には細い三角形がぐちゃぐちゃのかたちに変わりぐったりと横たわっている
あらゆるものはかたちを変え時はあまりにも速く流れる
posted by 日菜清司 at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月13日

ときどき見つめあう

次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く (奥村晃作

高速道路を裸足でキバエミミさんとその恋人は手を取り合って猛スピードで走っている
ときどき立ち止まって、見つめあう
見つめあうと前へ進めない
キバエミミさんの眼ん玉に過去形の恋人が映る
恋人の眼ん玉に過去形のキバエミミさんが映る
眼の前にひろがるありとあらゆる未来を繋いでいないほうの手でばったばったとなぎ倒してきらきらの過去形へ変えてゆく
じつと立ち止まってもいられない
共有の記憶を燃料にキバエミミさんとその恋人は猛スピードのまま前へ前へと走りつづけている
20040921
posted by 日菜清司 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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