2005年10月17日

祖母のむらさきさん

うすむらさきに夜があけるころ霧はたち去る夜と同じところへ (小林久美子

タケノコトリさんが拾ってきたむらさきさんは液状であった
いろいろな形状のむらさきさんがいるのである
図鑑によると手のひらに乗るのやら、6mはあろうものやら、耳掻き棒の先っぽでくうくう眠っているむらさきさんもいる
であるからタケノコトリさんが拾ってきたむらさきさんが液状であってもなんら不思議はない
むらさきさんを水差しに入れて持ち帰る
近頃ではめっきりむらさきさんを見かけることがない
タケノコトリさんの祖母の幼いころにはラベンダー畑に30から50のむらさきさんがぱたぱたと走り回っていたそうである
それが近頃ではラベンダー畑に行っても耳朶ほどのむらさきさんの死骸を見つける程度である
タケノコトリさんの祖母はいたくよろこんでむらさきさんの世話を焼いた
水差しを洗い餌の小魚の骨を丁寧に取っては食べさせてやる
祖母はだんだん縮んでいく
半分くらいだろうか
祖母はありがたいありがたりと云ってはむらさきさんの世話を焼いている
祖母はみるみる縮んでいく
半分の半分くらいだろうか
むらさきさんはよく食べよく育つ
朝、祖母は小指の先ほどに小さくなって死んでいた
水差しでは足りないほどに大きく育っているむらさきさんはタケノコトリさんが与える餌には口をつけない
むらさきさんはみるみる衰えていく
もうそれが秋の雨かむらさきさんの液体かおよそ区別できない
祖母が死んでから雨は降りつづいている
20041105


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posted by 日菜清司 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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