2005年11月30日

七色

二段飛びまではいかねど階段をゆく脚ぐんぐん今日元気なり (小島ゆかり

片想いの人の足音がする
螺旋階段を音階を奏でて昇るのである
ド・ソ・ミ・ド、で昇る
このような音階を奏でるのは片想いの人だけである
ほかの人では半音ずれたりはざらである
いつもよりオクターブ高いド・ソ・ミ・ド、で片想いの人が昇ってくる
いいことがあったのだろう
ぼくは片想いの人の到着に合わせて塔のてっぺんから七色の糸玉を転がす
虹をつくらねばならない
20040823
posted by 日菜清司 at 19:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月26日

はだか

会える日は化粧を落とす
 頬と頬へだてるものはなにもいらない (林あまり


おや、とタケノコトリさんは視線を落とす
コップのなかから液状になった水でできたひとが呼んでいる
ときおり水でできたひとは液状に、なる
平生の水でできたひとはネクタイやらワイシャツを着て生温かい声でタケノコトリさんを呼ぶ
液状になった水でできたひとの声はひんやりしている
いらっしゃいな
こっちにいらっしゃいな
まぐわいをいたしましょうよ、と
わたくしは水でできていませんから液状になってコップのなかに入れませんわ、タケノコトリさんは応える
だいじょうぶ
いらっしゃいな
それはとても簡単なことです、水でできたひとは云う
タケノコトリさんは衣服を剥いでコップのなかへするりと入る
いくぶんタケノコトリさんの態が残ってはいるがすんすんとそれがタケノコトリさんの液体なのか水でできたひとの液体なのかわからないほどに混ざっていく
ころん、と先ほどまでタケノコトリさんが身につけていたイヤリングが転がり落ちる音が響いて、止んだ
ふたりが重ねる液状の音だけが部屋にいつまでもいつまでもいっそう鳴り止まないでいる
牡丹の花がほつほつと落ちていく
20050622
posted by 日菜清司 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月18日

ほおずり

要するに、うさぎの耳が長いのと同じであたしのほっぺは赤い。 (紅茶イチコ

月でうさぎが跳ねている
夜がすんと震える
ほら、恋人は云う
ほんとだ、ぼくは応える
夜はすんと震えている
いきましょうよ、恋人は云う
月へ?、ぼくは問う
ええ、歩いていけないところはないわ、恋人は云う
なるほど、ぼくは応える
アップルパイを100枚焼いてぼくと恋人は頬と頬をくっつけたまま歩きだす
恋人はこれまでに聞いたこともないくらい長いながいながいながいながい話をそっとはじめた
ぼくの耳はその話を聞くためあらかじめ用意されていたようにぐんと伸びる
すんと夜は震える
20051117
posted by 日菜清司 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月09日

古物屋

近づくと離れてしまう袖とひゃくまんかいのしゅんかしゅうとう、うん

古物屋の店主に薦められて睦言を買う
いまどき睦言を持ってらっしゃらないとは珍しいですな、
うちの倅ときたら学生だてらに7つも睦言を持っていやしますよ、にやにやと店主はぼくを擽る
それでは買おうと値段を尋ねる
ぼくのひと月分の給金ほどである
果たして中古の睦言の市場価格はいかほどなのかとんとわからぬので現金で支払いを済ませて家へ持ち帰る
そのようにして睦言を手に入れた
やはり睦言であるからのべつ睦言を喋る
愛しているわ、だの
百年経っても愛しているわ、だの
百万年経っても愛しているわ、だの睦言をぶっつける
中古の睦言であるからぼくがなにを言おうと返事はくれない
ずっと愛しているわ、だの
あたしは永遠を知っているわ、だの
決して決して後生だから離さないでね、だの言う
そのようにして一ヶ月のあいだ仕事にもどこにも出掛けないで部屋で睦言を聞いている
愛しているわ、愛しているわ、愛しているわ、ずっとよ、ずっとよ、ずっとよ
古道具屋へ返しに行かねばならないと思う
そうしないとぼくが壊れていくだろう
思うがとてもそんなことはできない
睦言はのべつ睦言を繰り返す
ぼくはずっと睦言を聞いている
20051109
posted by 日菜清司 at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | my song | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月05日

恋人のはなやまい

伝えたいを伝える聾の恋人の指を携帯します、晴れです

恋人がはなやまいを患う
言葉ではないもので話しすぎたせいだろうか
はなやまいを患うとおでこから2本の触覚と背中からは黄色い羽根が生えてくるのである
ほとんど蝶のなりである
蜜を舐めつづけないとみるみると縮む
ぼくの手のひらに乗るほどである
恋人の耳は小指の先ほどに縮んでいる
50cmほどならば、飛べる
ちゅらちゅうぱらりろらって、恋人は云う
はなやまいの典型的な症例である
ぼくは言葉に頼りすぎ、恋人は言葉ではないものに頼りすぎたせいだろう
恋人はみりみると縮んでいく
ぼくはほとんど蝶のなりになった恋人を肩に乗せて日曜の晴れた花畑で蜜を集めている
りゅららりゅうられれらりっぱ、ほとんど蝶のなりをした恋人は囀る
喜んでいるのだろう
すこおしずつ人の表情に戻りつつある
20051105
posted by 日菜清司 at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | my song | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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