2005年10月25日

むらさきさんの冬支度

まあだだよ、ちいさいひとはゆうやみへもっとちいさい冬のむらさき

片想いの人にいただいたむらさきさんが帰ってこない
菜種油を買いに行ったきり戻ってこない
育ちきっていないせいだろうか
背丈はぼくの膝小僧まで伸びており簡単な言葉なら解するようになっていたのだ
迂闊であった
菜種油なぞ自分で買いに行けばよかった
ぼくは元来むらさきさんを育てるのに向いていないのである
今頃むらさきさんはラベンダー畑でみるみる縮んでもうそれがむらさきさんかただの花びらか見分けられなくなっているだろう
20051020
posted by 日菜清司 at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | my song | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月17日

祖母のむらさきさん

うすむらさきに夜があけるころ霧はたち去る夜と同じところへ (小林久美子

タケノコトリさんが拾ってきたむらさきさんは液状であった
いろいろな形状のむらさきさんがいるのである
図鑑によると手のひらに乗るのやら、6mはあろうものやら、耳掻き棒の先っぽでくうくう眠っているむらさきさんもいる
であるからタケノコトリさんが拾ってきたむらさきさんが液状であってもなんら不思議はない
むらさきさんを水差しに入れて持ち帰る
近頃ではめっきりむらさきさんを見かけることがない
タケノコトリさんの祖母の幼いころにはラベンダー畑に30から50のむらさきさんがぱたぱたと走り回っていたそうである
それが近頃ではラベンダー畑に行っても耳朶ほどのむらさきさんの死骸を見つける程度である
タケノコトリさんの祖母はいたくよろこんでむらさきさんの世話を焼いた
水差しを洗い餌の小魚の骨を丁寧に取っては食べさせてやる
祖母はだんだん縮んでいく
半分くらいだろうか
祖母はありがたいありがたりと云ってはむらさきさんの世話を焼いている
祖母はみるみる縮んでいく
半分の半分くらいだろうか
むらさきさんはよく食べよく育つ
朝、祖母は小指の先ほどに小さくなって死んでいた
水差しでは足りないほどに大きく育っているむらさきさんはタケノコトリさんが与える餌には口をつけない
むらさきさんはみるみる衰えていく
もうそれが秋の雨かむらさきさんの液体かおよそ区別できない
祖母が死んでから雨は降りつづいている
20041105
posted by 日菜清司 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月04日

むらさきさん

うすむらさきずっとみていたらそのようなおんなのひとになれるかもしれない (今橋愛

むらさきさんはラベンダー畑で拾ってきた
くうくうと眠っていたのである
このご時世なかなかむらさきさんに出会えるものではない
そういうわけでむらさきさんを拾ってきた
ちょうど手のひらに乗る大きさである
が、近頃はぼくの膝小僧の背丈にまでなっている
むらさきさんはすくすくと成長している
簡単な言葉なら解する
洗濯物を取り込んだりYシャツやらハンカチにアイロンをあててくれたり鯵の日干しを拵えてくれたり甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのである
そんな日々がいくらかつづく
むらさきさんの背丈はぼくの腰骨のあたりまで伸びてきた
すくすくと成長しているのである
すると夕方になっても洗濯物を取り入れなくなりアイロンは雑で皺だらけである
鯵の日干しは真っ黒で食えたものではない
ぐうたらと横になってはポテトチップスを食べながらテレビのワイドショーを見ている
話す言葉も乱雑になってきた
てめえよーこのでべそー
ったくよーこのたんしょうほうけい
ざけんじゃねえよーこのいんきんたむしー
もはやラベンダー畑に返しにいくわけにいかない
ひどい言葉でなじられるのは不可避である
むらさきさんは日々はしたない女の子に成長しつつある
20051004
posted by 日菜清司 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。