2007年05月16日

待顔

スヌーピーショップの前で恋人を待つ幸福はまあこんなものかも (荻原裕幸

電柱に埋まってしまった。
最初は背中だけであった。
後ろを失うと前を失うのは必定である。
すうと飲み込まれていた。
片想いの人を待っているうちに埋まってしまった。
そういうわけで電柱の中にいる。
犬に小便を引っ掛けられる。
片想いの人の獣の香がする。
喉が渇くので赤信号の液を飲む。
飲んでも飲んでも液は尽きることがない。
舌が真っ赤に染まる。
片想いの人がやってくる。
電柱の中にのそりと入ってくる。
前から、入ってくる。
二人して赤信号の液を飲み干す。
電柱から出るのである。
070516
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2007年05月07日

艶陽

牛乳をくばりに来たとこゑはいふ なつかしく甘やかな声音に (小池光

睦言を落とす。
恋人の乳頭に貼り付けていたのがひとりでに落ちる。
平生の睦言は眼前まで弾む。
が、近頃は弾まない。
恋人の鎖骨やら盆の首やら頭頂部やらにぼくのではない睦言が貼り付いている。
それらはよく弾む。
ぼくの背丈を越えて幾つもの睦言が弾む。
乳頭を噛む。
恋人は身を捩って聞いたこともない甘言を漏らす。
ひゅららりゃったひゅりゅっぱ、と。
もういっとう強く噛んでみる。
睦言がひとりでに落ちる。
それは落葉に埋もれて直に腐敗するのである。
ひゅららっぱ、恋人は甘言を漏らす。
濡れタオルの要領で二周にも三周にも身を捩るので睦言がぼとぼと落ちる。
070507
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2007年02月13日

転転

シユミーズを盗られてかへる街風呂の夕べひつそりと月いでて居り (中城ふみ子

おや、と思う。
足の指が足りない。
ひい、ふう、みい。
タケノコトリさんは数える。
が、足りない。
歩くたんび減っていく。
マンホールに指が転がり落ちる。
あら、と声にする。
ぽとり、耳が落ちる。
眼球が落ちる。舌が抜け落ちる。
するりとマンホールに飲みこまれる。
まあ、と覗きこむ。
マンホールからうさぎがやってくる。
こんにちは、うさぎは云う。
こんにちは、タケノコトリさんは応える。
タケノコトリさんの指やらなんやらを持っている。
うさぎはうさぎの尾やら耳やら脚をタケノコトリさんに取りつける。
うさぎはタケノコトリさんの表皮をひん剥いて、纏う。
手際が良い。
さようなら、タケノコトリさんのなりをしたうさぎは云う。
さようなら、うさぎのなりをしたタケノコトリさんは応える。
月の照る夜はいつもこうである。
急いで帰らねばならない。
20050122
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2007年02月06日

燐光

あの冬の祖母が無理矢理つれてきた紫パーマの女祈祷師 (笹公人

いつぞやのむらさきさんが死んだ。
むらさきさんは何度も死ぬ。
子供を生むたんび死んでしまう。
ほんとうの名前は知らない。
紫の鰭でゆらと泳ぐのでそう呼んでいる。
平生は魚の態をしている。
子供を生むとき人のような態になる。
鰭がすうとなくなる。
小指の先ほどの子供を生む。
じきに掌ほどに成長する。
紫の鰭でゆらと泳ぐのである。
そうすると子供を生んで、死ぬ。
生まれた子供は子供を生んで、死ぬ。
人のような人ではないような態で死んだむらさきさんたちを壷にぎゅうと入れる。
いいのいいの、だか。
いやよいやよ、と聞こえる。
幾千万のむらさきさんを埋めてきた。
20041105
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2007年01月08日

穴糸

あのこ紙パックジュースをストローの穴からストローなしで飲み干す (盛田志保子

どうぞ、そう云って穴兔から電話機を手渡される。
前の電話機は糸が切れてしまった。
片想いの人が噛み切ったのである。
頬ずりをしていれば電話機なんていらないじゃないの、と。
糸を紡ぐ。
新しい電話機に取り付けるのである。
片想いの人の唾液を頂く。
掌上で幾度も唾液を擦る。
するとほのと桃に発色した糸ができる。
新しい電話機に取り付ける。
片方の電話機を穴兎に手渡す。
よしきた、そう云って穴兎は駆ける。
すとんと穴に飛び込んだ。
穴は深い。
どのくらい深いのかとんと知れない。
片想いの人が住んでいる穴で暮らすわけにいかない。
070108

付記
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2006年12月25日

天衣

コピー機が(きょうもあしたもあさっても青い事務服)壊れたようだ

かすが苑で羽根を売るようになって久しい
以前は易者をしていたが眼を患ってやめた
そういうわけで羽根を拵えている
暮れも迫ると羽根を傷めた天使たちがやってくる
てんやわんやで目を回す
羽根を失った天使はどこにも着地できずに小さくなって死ぬ
死なせるわけにいかない
背中の寸法を取って目方を量る
修繕してやるのである
汚れた部位を拭く
色の褪せた部位は塗る
そのようにして美しく磨き上げた羽根を背中につけてやる
ひゅらりゅっぱひゅひゅらりゅった、天使たちは歓声をあげる
二度、三度、ループを描く
空に光粉が幾つもの円になる
そうして各各の風を見つけては羽ばたいていく
今年も天使たちは忙しくなるらしい
メリークリスマス
061225

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2006年12月22日

水禽

魚食めば魚の墓なるひとの身か手向くるごとくくちづけにけり (水原紫苑

水でできたひとは水でできているので名は、ない
名がないと後ろから呼びかけるとき困る
どのように呼びかければいいのでしょうか、タケノコトリさんは問う
後ろから呼びかけるときに不便ですから、と
わたくしには前も後ろもございません、水でできたひとは応える
よって呼びかけることなどないのです、と
水でできたひとはコップの中からタケノコトリさんをしきり誘う
まぐわいをいたしましょう、と
タケノコトリさんの手を引く
するりと衣服を剥ぐ
背中の翼を丁寧に折る
そうして一糸まとわぬタケノコトリさんをコップに注ぐ
まぐわいがはじまるとほとんど液状の態になる
ぴちゃ、と甘い息を漏らす
それが水でできたひとの液体なのかタケノコトリさんの液体なのかとんと聞き分けられなくなる
まぐわいが果てると水でできたひとは消える
す、と
空のコップがテーブルをごろんと転がる
水でできたひとに名がないと、やはり困る
タケノコトリさんは衣服を一枚ずつ身に着けながら思う
背中の翼がどうもうまくくっつかない
061222
posted by 日菜清司 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌流歳歳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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